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| 以前宿泊した鹿児島/城山ホテルの部屋。 二年前心臓手術の際 "術後せん妄"の中で この場所に、手術していただいたY先生や見舞いの家族がいた。 『先生、自分はまだお風呂に入るのは無理ですね?』 Y先生『 そうですね (笑) 』 見舞いに来ていた娘には『ここの露天風呂は桜島がきれいに見えるから入ってこいよ』 など妄想の中で会話したのが懐かしく思い出される。 |
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![]() 城山ホテル・大浴場 |
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| 二年前、大動脈解離の手術をしてその直後”せん妄”で何度も鮮明に見た風景に出逢いたく、鹿児島を再訪する | ||||||||||||||||||||
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| 2026年2月16日、 ANA特典航空券減額マイルを利用。羽田空港9:25発ANA便/鹿児島へ。 |
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| 離陸後しばらくして右側窓下に富士山がきれいに見える。 | ||||||||||||||||||||
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| 鹿児島空港へ11:25分、約二時間で到着。 11:50分の空港シャトルバスに乗って鹿児島中央駅へ |
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| 鹿児島中央駅、東口広場に「若き薩摩の群像」が立つ。薩摩藩がイギリスへ派遣した留学生一行の像、薩英戦争でヨーロッパの力を知った薩摩藩は、慶応元年(1865年)藩の優秀な青少年15名と使節団4名、計19名の「薩摩藩遣英使節団」をイギリスに派遣した。当時最年少だった長沢鼎は13歳。彼らの留学経験は日本の近代化に大きく活かされた。 | ||||||||||||||||||||
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| 駅を背に大通りを進み、甲突川に架かる南洲橋をわたると”維新ふるさと館” | ||||||||||||||||||||
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| ”維新ふるさと館”を見学 | ||||||||||||||||||||
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| 鹿児島県の歴史変遷が丁寧に展示されている。 13代将軍・徳川家定の御台所 ”篤姫” のコーナー |
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天璋院/篤姫 天保6年(1836)2月5日生 明治16年(1883)11月20日亡 ![]() |
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| 2008年NHK大河「篤姫」で使用された着物が飾られている | ||||||||||||||||||||
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| 地下1階『維新体感ホール』 約25分のドラマが上映されていた。 『維新への道』は、西郷隆盛や大久保利通などの等身大ロボットが語りかけ、マルチスクリーンに臨場感あふれるダイナミックなドラマが展開され、じっくり見せてもらう。 |
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| 維新ふるさと館を見学して、隣の広場へ。 大久保利通が青春時代を過ごした”大久保利通生い立ちの地”があった。 |
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| 撮影モード がモノクロ になっていた |
![]() 大久保利通が育った場所...維新ふるさと館横 |
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| ”維新ふるさと館”から西郷隆盛生誕地は僅かに数分。 西郷隆盛と弟・従道が青年時代までを過ごした場所。 西郷隆盛の名前の陰に隠れてはいるが、弟、従道も維新後に海軍大臣、内務大臣などを歴任している。 大久保利通と3歳上の西郷隆盛とはこんな至近距離で育った。 |
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![]() 西郷隆盛 |
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| 『時代をにらんだウドメサア』 西郷隆盛 誕生地にある掲示板に書かれた文 | ||||||||||||||||||||
| 一身体も心も目玉も大きかった西郷さん一 | ||||||||||||||||||||
| 「大きくたたけば大きく鳴る。 小さくたたけば小さく鳴る」 と土佐の坂本龍馬 を驚かせた薩摩の「ウドメサア」(目の大きな人のこと) 西郷隆盛の器量の大きさは、彼が生まれ育った下加治屋町の郷中教育 によって培われたといわれています。 1827年(文政10) 西郷は下級武士 の家の7人兄弟の長男として誕生 (海軍大臣 を勤めた従道は三男) 貧しい生活の中で藩校造士館に通い、次第に下加治屋町郷中の少年達のリーダーとして頭角を現します。 鹿児島の町には独特の若者組織があり、 町毎に区切られた郷中という単位で少年たちが集まり、厳しくしつけられるのです。西郷は13歳のとき、 右腕を負傷し武芸はあきらめましたが、 その分勉学に励み、二才頭として中の仲間の人望を集めました。 西郷の指導者としての有能さは、この郷中から多くの偉人が育ったことからもうかがえます。 17歳で郡方書役助 という地方役人となり、 農村 を回り、農政 についての意見をまとめました。 |
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| 二人の偉人、西郷隆盛と大久保利通の最期は不幸なものだった。 西南戦争という形で対峙した際、二人のみならず肉親や同郷のものが立場を二分して戦うことになった。明治22年の憲法発布に伴う大赦令で、西郷隆盛の賊名が削られ正三位の追贈を受けたことを契機に、東京にいた下加治屋町出身者が発起人となって二人の旧宅地に記念碑が建立された。 |
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![]() 「西郷隆盛・従道生誕地」にある庭石 |
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| 東京・目黒にあった弟・従道の邸宅庭園から2000年に移設された。伊豆石、伊予の石、紀州の青石で構成されている。 | ||||||||||||||||||||
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![]() 元帥陸軍大将/大山巌 |
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大山沢(先妻) 大山捨松(後妻) 大山柏(次男) 西郷隆盛(従兄) 西郷従道(従弟) 吉井友実(義父) 山川浩(義兄) 山川健次郎(義兄) 山川二葉(義姉) 井田磐楠(娘婿) 大山梓(孫) 大山桂(孫) 渡邉昭(孫) |
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| 大きい地図で見る⇒ | ||||||||||||||||||||
| 鹿児島中央駅~維新ふるさと館~大久保利通生い立ち~西郷隆盛生誕地~大山巌誕生地~東郷平八郎誕生地~山本権兵衛誕生地~ホテルへ歩く。僅か歩1㌔の範囲にこれだけの明治の偉人達が生まれた奇跡に驚くばかり。 | ||||||||||||||||||||
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![]() 第十六代内閣総理大臣/山本権兵衛 |
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![]() 元帥海軍大将/東郷平八郎 |
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| ホテルホッケ俱楽部鹿児島 | ||||||||||||||||||||
| 鹿児島市内歴史散策を終えて3時、今夜の宿”ホテルホッケ俱楽部鹿児島”に到着 | ||||||||||||||||||||
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| 大きい地図で見る⇒ | ||||||||||||||||||||
| 鹿児島「のったりおりたりマイプラン」カゴシマシティビューに乗って市内観光 一日乗車券(大人600円) 鹿児島中央駅 ≫ 維新ふるさと館前 ≫ 天文館 ≫ 西郷銅像前 ≫ 薩摩義士碑前 ≫西郷洞窟前 ≫ 城山 ≫ 薩摩義士碑前 ≫ 西郷南洲顕彰館前 ≫ 今和泉島津家本邸跡(篤姫誕生地)前 ≫仙巌園前 ≫ 異人館前 ≫ 石橋記念公園前 ≫ 鹿児島駅前 ≫ かごしま水族館前≫ウォーターフロントパーク前 ≫ 金生町 ≫ 天文館 ≫ 鹿児島中央駅 |
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| 西郷銅像前バス停から城山方面へ | ||||||||||||||||||||
![]() 小松帯刀像 |
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| バス停向かい側に、小松帯刀像=維新の十傑(西郷隆盛、大久保利通、木戸孝允、小松帯刀、大村益次郎、前原一誠、広沢真臣、江藤新平、横井小楠、岩倉具視)の1人に数えられ、幕末政局(薩長同盟、大政奉還)において重要な役割を果たした。明治維新直後に病死したため、西郷隆盛や大久保利通の知名度に隠れがちだが、近年再評価が進んでいる。大河ドラマ『篤姫』の中では瑛太君が演じた。 | ||||||||||||||||||||
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| 西郷隆盛終焉の地...... 明治10年(1877年)年2月、西南戦争で鹿児島城下を出発した薩摩軍は、九州各地で転戦し8月に解散、西郷隆盛一行は九州の山間地を越え鹿児島を目指し、9月1日再び鹿児島に戻り、城山へ。 |
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| 戦争の最終局面、薩摩軍は政府軍に囲まれ山頂付近の洞窟(西郷洞窟)を拠点に約5日間を過ごし、最終的に近くの岩崎谷で銃弾を受け、自刃し49年の生涯を閉じた。桐野利秋をはじめ私学校の幹部とともに、銃弾に倒れるまでの最期の5日間を過ごしたのがこの洞窟 | ||||||||||||||||||||
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| 西郷洞窟前前バス停~城山へ | ||||||||||||||||||||
| 2023年3月の城山⇒ | ![]() 城山展望台からの桜島 |
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| ”城山展望台からの桜島” この風景も 術後 度々見た風景 | ||||||||||||||||||||
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| 丸尾滝 |
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| 高さ23m、幅16m 上流の栄之尾温泉や硫黄谷温泉の温泉水が集まり流れ 落ちる温泉地らしい珍しい湯の滝。 | ||||||||||||||||||||
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